NEC「M式キーボード」とは?伝説の日本語入力方式の歴史と設計思想を徹底解説
2026/3/9 RetroPC NEWS編集部
NECは、1983年3月日本語ワードプロセッサ用の新しい入力方式を発表しました。M式の「M」は、NECの技術者、森田正典(もりた まさのり)氏の頭文字です。
当時、日本人の多くはキーボードに慣れておらず、日本語の入力はおろか表示すらコストがかかる時代でした。この独特のキー配列は、日本語入力を簡単にできるものとして売り出されました。
PCWORD-Mの広告 (画像:月刊マイコン1983/11より)
PCWORD-M (画像提供:UME-3さん)
誕生の経緯
- 開発の動機: 1980年代初頭、日本語入力は「かな入力」か「ローマ字入力」が主流でしたが、森田氏は「既存のQWERTY配列は、英語を打つためのものであり、日本語を打つには指の動きに無駄が多すぎる」と痛感していました。
- 思考速度を目指して: 彼は、人間工学(エルゴノミクス)と日本語の統計学を徹底的に研究。「頭に浮かんだ言葉を、指が淀みなく紡ぎ出す」ための究極のインターフェースを目指しました。
独自の設計思想
- 左右分離・扇型配置(エルゴノミクス): 肩を丸めず、自然に手を開いた状態で打てる形。指の長さに合わせてキーの高さや位置を変えるという、現在の自作キーボード界隈でも追求されている先駆的な設計でした。
- 子音・母音の分離: 「左手で子音、右手で母音」という役割分担を徹底。日本語の「子音+母音」というリズムを「左・右・左・右」の交互打鍵に変換し、特定の指への負担を分散させました。
- 親指のフル活用: 最も自由度の高い「親指」を、単なるスペースキーではなく、濁音・半濁音・改行などの制御に割り当て、ホームポジションから指を動かす距離を最小限に抑えました。
- 変換キーがありません


黄金時代と「プロ」の支持
1984年、NECのワープロ専用機「文豪」シリーズのコンシューマ向け初代機 PWP-100に搭載されました。
NECワードプロセッサ文豪 PWP-100カタログ (画像提供: asayanさん)
NECワードプロセッサ文豪 PWP-100 (画像提供: ふくさん)




PWP-100のキーボード
画像提供
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得古繰 https://ecocre.shop-pro.jp/
PC-9821用の周辺機器として、PC-9801-98-S02 (楽々キーボード、ラッキーボード)も登場しています。
PC-9801-98-S02 (画像提供:UME-3さん)
M式をマスターした人は、当時の平均的なタイピストの数倍の速度で入力できたと言われています。腱鞘炎に悩むプロの書き手にとっての救世主となりました。
M式の入力方法
まず最初にM式を使う上で重要なのは、漢字が5種類に分類できるということです。これを頭に入れておく必要があります。
キーを見ながらシミュレーションしてみてください
「書く」という場合は、右の「K」左の「A」右の「K」左の「u 」を打ちます。(U、Uu、Ouではありません)
なかなか癖はありそうです笑。資料を下に貼っておきますので興味のある方は「M式の漢字入力の仕方」の▶️を押して展開してみてください。
なぜ「幻」となったのか(衰退の経緯)
非常に優れたシステムでしたが、普及には高い壁がありました。
- アルファベット入力との不整合: QWERTY配列のアルファベット入力とは相いれませんでした。
- 学習コストの高さ: 独特な配列ゆえに、習得に数週間〜数ヶ月の訓練が必要でした。実際にM式のキーボードをお持ちのUME-3さんは「慣れないと超難しいです…」と発言されています。
- 販売店が取り扱わないことによる普及の停滞がありました。
- PC98シリーズの普及と標準化: Windowsの台頭と共に、「どのPCでも同じJIS配列」がデファクトスタンダードとなり、特殊なハードウェアであるM式はコスト面で不利になりました。
この結果、1990年代後半NECはM式キーボードの製造を終了し撤退してしまいました。
AI時代には日本語入力が改めて多用されるようになりました。何らかの形で再び陽の光が当たることを願って止みません。
- 参考資料
- 文字とともに歩む
- 日本人のキーボード
- 【日本電気】 日本語ワードプロセッサ用新入力方式:M式
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