PB-100に激似!! 旧ソ連製ポケコン MK85
ロシア製のポケットコンピュータ Elektronika MK-85(Электроника МК-85)は、旧ソ連時代の技術と執念が詰まったユニークなデバイスです。日本のカシオ製品をモデルにしながら、中身は全く別物という、当時の東西冷戦下の技術背景を象徴するようなマシンです。主な特徴をまとめました。また、現在では有志によるエミュレーターも存在しており、その挙動を実際に試せるようリンクを置いておきます。
MK-85 (画像出典: Wikipedia)
1. 外観は「カシオ」、中身は「ソ連独自」
一見すると、1980年代前半に大ヒットしたカシオのポケコンFX-700Pのクローンに見えます。
- デザイン: キー配列や液晶のレイアウト、ケースの形状までFX-700Pを強く意識しています。
- 中身の衝撃: 外見はカシオのコピーですが、内部アーキテクチャは全く異なります。カシオが4ビットや8ビットのCPUを使っていたのに対し、MK-85はなんと16ビットCPU(PDP-11互換アーキテクチャ)を搭載していました。
2. 主なスペック
| 項目 | 内容 |
| 製造開始 | 1986年(ソ連・ミンスクのCristall工場) |
| CPU | K1806VM2 (16ビット, PDP-11互換) |
| メモリ (RAM) | 2KB (MK-85) / 6KB (MK-85M) |
| 言語 | BASIC |
| ディスプレイ | 12桁 5×7ドットマトリクス液晶 |
| 電源 | AG13ボタン電池4個 または ACアダプタ |
3. MK-85の「凄み」と「弱点」
- 驚異的な計算精度: ソ連のエンジニアは、16ビットの演算能力を活かして、指数範囲が ±4096 という当時のポケコンとしては桁外れの計算精度を実装しました。
- 動作の遅さ: 高度な計算ができる反面、BASICの実行速度は非常に低速でした。「通常モード」では電力消費を抑えるためにクロックを下げており、複雑な計算をさせると液晶が消えて数秒〜数分待たされることもありました(「ターボモード」も存在しましたが電池を激しく消耗しました)。
- 隠れた軍事転用: このマシンは後に、KGB(ソ連国家保安委員会)向けに暗号化通信用の端末として転用されたモデル(MK-85C)が存在します。16ビットのPDP-11互換CPUを積んでいたのは、軍事レベルの暗号アルゴリズムを動かすためだったという説が有力です。
4. 歴史的背景
当時のソ連では、西側の電子機器は憧れの的でしたが、輸入は制限されていました。そこで「見た目は西側の人気機種、中身は自国の軍事・産業用CPUのアーキテクチャ」という形で開発されたのがこのMK-85です。
1986年当時の価格は145ルーブルで、当時の平均月収に近い高価なものでしたが、発売されるとすぐに売り切れるほどの人気だったと言われています。
MK85 エミュレータ
WEBで動くエミュレータ。READY P0 の表示がCASIO PB-100を彷彿させる。
https://mk.bs0dd.net/index.php?lang=rus&page=jsemu/mk85/main
CASIO PB-100とは
カシオのPB-100は、1982年に発売された伝説的なポケットコンピュータ(ポケコン)です。
当時、コンピュータはまだ「高価で専門的なもの」でしたが、PB-100はその常識を打ち破り、爆発的なヒットを記録しました。製品の概要と、その驚異的なセールス背景について解説します。
CASIO PB-100 (画像出典: Wikipedia Napplle氏)
基本スペックと特徴
PB-100は、先行して発売されていた上位機種(FX-700Pなど)の設計を活かしつつ、「パソコン入門機」として極限までシンプルに、そして低価格に設計されました。
- 発売年: 1982年
- 価格: 14,800円(当時のポケコンとしては破格の安さ)
- メモリ: 標準544ステップ(約0.5KB)。増設メモリ「OR-1」を装着しても最大1,568ステップ。
- 表示: 12桁の液晶ディスプレイ
- 言語: BASIC(カシオ特有の「計算機BASIC」)
- 電源: CR-2032 × 2個
なぜ記録的なヒットとなったのか?
PB-100は、カシオが10年前に「カシオミニ」で電卓市場を席巻した時と同じ戦略、すなわち「圧倒的な低価格」と「大衆化」で大成功を収めました。
圧倒的なシェア
正確な累計販売台数の公表値は少ないですが、当時のマイコン誌や業界の振り返りでは、「日本で最も売れたポケコンの一つ」として必ず名前が挙がります。特に、中高生を中心に「お年玉で買えるコンピュータ」として爆発的に普及しました。
ヒットの要因
- 「14,800円」という魔法の価格: 競合他社のポケコンが3万円〜5万円した時代に、その半額以下で投入されました。これにより、ビジネスマンだけでなく学生層を丸ごと取り込むことに成功しました。
- ゲームプログラミングの熱狂: メモリはわずか544ステップ(全角文字に換算すると数百文字分!)でしたが、限られたリソースでいかにゲームを作るかという「詰め込みの美学」が流行。雑誌『マイコンBASICマガジン』などで多くの投稿プログラムが掲載され、コミュニティが活性化しました。
- 隠し機能(Fキー): 実は上位機種と共通の基板を使っていたため、内部的には「F(関数)キー」の機能が生きていました。ユーザーが本体を改造して自作のボタンを増設する裏技が広まり、マニア心もくすぐりました。
その後の影響
PB-100の成功により、カシオは「PBシリーズ」としてPB-110、PB-300、PB-100Fなどの後継機を次々と投入。シャープのPC-1245シリーズと並び、1980年代のポケコン黄金時代を築きました。
現在のプログラマーやエンジニアの中には、「PB-100が初めて触れたコンピュータだった」という方も非常に多く、日本のIT人材育成に計り知れない貢献をしたマシンと言えます。
PB-100の雰囲気を楽しめるiOSアプリ GOTO-100
ダウンロードURL: https://apps.apple.com/jp/app/goto-100/id1355501431






