Intel 幻のオーバードライブプロッセッサ RapidCAD
2026/1/13 RetroPC NEWS編集部
Intel の RapidCAD は、1992年に登場したユニークな80386マシン用アップグレード用CPUです。当時、Intel 80386(386)プロセッサを使っていたユーザーが、より高性能な 80486(486)へ移行するにはマザーボードごと交換する必要がありました。しかし、RapidCAD を使えば、既存の 386 ソケットにそのまま差し込むだけで劇的なスピードアップが可能になりました。
日本ではほぼ同時期に同様のアクセラレータとしてCyrix 486DLCが登場し、こちらはメルコやI/Oデータがアクセラレータとして採用されたこともありご存じの方も多いかと思います。
ではなぜRapidCADは日本ではあまり馴染みがないのではないでしょう?
まず、Cyrix486 DLCについて説明します。

Cyrix 486DLC CPU (画像出典:Wikipedia Dirk Oppelt)
Cyrix 486DLCとはどんなCPUだったのか?
1992年頃に登場したCyrix社から登場したCPUで、最大の特徴は「386のパソコンにそのまま挿せる486」という点です。
- 中身は486級: 486の命令セットが使え、1KBのキャッシュメモリを内蔵していました。
- 外見(足回り)は386: ピンの数や配置がIntel 386DXと同じだったため、386用のマザーボードにそのまま装着できました。
なぜCyrix 486DLCは日本で注目されたのか?
当時のパソコン事情が大きく関係しています。
- PC-9801ユーザーの延命策:日本ではNECのPC-9801シリーズが普及していましたが、当時は非常に高価でした。新機種(486搭載機)に買い替える余裕がないユーザーにとって、CPUを差し替えるだけで性能が上がる486DLCは、低コストなアップグレード手段として重宝されました。
- 「CPUアクセラレータ」のブーム:メルコ(現バッファロー)やアイ・オー・データ機器などの国内メーカーが、この486DLCを載せた「CPUアクセラレータ(交換キット)」を大量に発売しました。これがPC-98ユーザーの間で大ヒットしました。
- Windows 3.1の登場:ちょうどWindows 3.1が普及し始めた時期で、386では動作が重く、486のパワーが切実に求められていたという背景もありました。
メリットとデメリット
当時、使っていた人たちの評価は以下のようなものでした。
| メリット | デメリット(弱点) |
| 安い: 本物のi486DX(約5万円)を買うより圧倒的に安価(約1万円台)。 | 浮動小数点演算に弱い: FPU(数値演算機能)がないため、3DCGやCADには不向き。 |
| 互換性: 386DXのソケットにそのまま挿せる。 | ソフトの設定が必要: 内蔵キャッシュを有効にするために、専用のソフト(キャッシュコントローラ)を起動時に読み込ませる必要があった。 |
| 延命: 愛着のある旧型機が最新OSに耐えられるようになる。 | 本物には勝てない: 同じクロックの「本物のIntel 486DX」に比べると、構造上の制限で少し遅かった。 |
Cyrix486DLCがわかったところで、Rapid CADとはどんなCPUだったのか説明します。
RapidCADとはどんなCPUだったのか?
RapidCADは日本の一般的なパソコンショップの店頭に並ぶことは稀でした。日本に入ってきた際は、CPUだけで6万円〜8万円近い高価な値段で販売されたこともありました。

Intel Rapid CAD CPU (画像出典:Wikipedia Konstantin Lanzet)
RapidCAD の正体
RapidCAD を使えば、既存の 386 ソケットにそのまま差し込むだけで、Cyrix486DLCと同様に劇的なスピードアップが可能になりました。実はこのチップの中身は、486DXのコアそのものです。(ただし、486の特徴である「L1キャッシュ」が取り除かれ、386のピン配列に合わせてパッケージングし直されています。)
2つのチップで構成される仕組み
RapidCAD は、通常2つのチップがセットで販売されていました。
| チップ名 | 役割 | 説明 |
| RapidCAD-1 | メインCPU | 386DXのソケットに装着。486DXベースの演算ユニットを搭載。 |
| RapidCAD-2 | ダミーFPU | 387(数値演算コプロセッサ)のソケットに装着。 |
なぜ「ダミー」が必要だったのか?
本来、486DXは数値演算機能を内蔵していますが、386システムでは計算を外付けの387チップに投げる仕組みになっています。RapidCAD-1は自分で計算ができますが、システム側が「387がない!」とエラーを出すのを防ぐために、RapidCAD-2が「ここに387がありますよ」と返事をするだけの役割(ダミー)を果たしていました。
主な特徴とメリット
- 計算速度の向上: 浮動小数点演算(CADなどの計算)においては、従来の386+387の組み合わせよりも 約70%〜100% 近く高速化 されました。
- インストールが簡単: マザーボードを交換せず、チップを差し替えるだけで完了します。
- 「CAD」の名が示す通り: 主に AutoCAD などの設計ソフト(CAD)を多用するエンジニア向けに販売されました。
なぜ短命に終わったのか?
非常に便利な製品でしたが、以下の理由により普及は限定的でした。
- L1キャッシュの欠如: 486の強みである8KBの内蔵キャッシュがないため、整数演算の性能は本物の486DXには及びませんでした。
- 486マザーボードの普及: ほどなくして安価な486マザーボードが普及し、中途半端なアップグレードよりもPCごと買い替えたほうがコスパが良くなってしまいました。
このためRapidCADはほとんど普及することはありませんでした。現在では、その特殊な立ち位置から、レトロPCコレクターの間で非常に人気のある希少なアイテムとなっています。
そしてオーバードライブプロセッサへ
RapidCADでの失敗を教訓に、Intelはi486SX向けに「オーバードライブプロセッサ」を投入しました。
もともとi486SXには数値演算コプロセッサ(FPU)が搭載されていませんが、マザーボード上の空きソケットに「i487SX」を装着することで、FPU機能を追加できるようになっていました。
この「増設すると元のCPUを停止させ、新しいチップに主導権を渡す」というi487SXの仕組みを応用したのがオーバードライブプロセッサです。単なるFPUの追加にとどまらず、i487ソケットにi486DX2相当のCPUを差し込むだけで、システム全体をDX2相当の性能へ劇的にアップグレードすることを可能にしました。
オーバードライブプロセッサは記録的な大ヒットとなり、あまりに普及したためIntelはアップグレード用だけでなく、最初からODPを組み込んだ状態でPCメーカーに出荷するほどでした。

Intel Rapid CAD CPU (画像出典:Wikipedia Konstantin Lanzet)


