西和彦氏”MSX turbo R”の由来と未来について語る
2025/12/20 RetroPC NEWS編集部
1990年に登場したMSX規格の最終形態、「MSXturboR」。その名前の由来が、実は一台のイギリス製高級車にあったことをご存知でしょうか。
MSXの生みの親である西和彦氏が、当時の苦渋の決断と、現代のFPGA技術によって蘇る「果たせなかった夢」について語りました。
「turboR」その名は愛車ベントレーから
当時、西氏は週末を過ごす小田原の別荘と東京を往復する日々を送っていました。その傍らにあったのが、イギリスの至宝「ベントレー・ターボR(Bentley Turbo R)」です。 巨体を猛然と加速させる圧倒的なトルクと、職人芸が光るラグジュアリーな空間。この車をこよなく愛していた西氏は、開発中だった「高速な次世代MSX」に、迷わずその愛車の名を冠しました。
互換性の壁:幻の「V9978」と苦渋の選択
MSXturboRの誕生背景には、半導体開発の厳しい現実がありました。 当初、MSX3用としてヤマハと共同開発していた新型VDP「V9978」は、過去の互換性と新機能を一つのチップに詰め込もうとした結果、回路が巨大化し、歩留まりの悪化から開発断念を余儀なくされました。
そこで突きつけられたのが、以下の三択でした。
- R800 CPU + V9990(互換性を捨てた純粋なMSX3)
- R800 + V9990 + V9958(高コストな併装モデル)
- R800 + Z80 + V9958(互換性を維持し、速度向上に絞ったモデル)
西氏が選んだのは、「互換性」でした。ビデオ規格におけるVHSとベータの教訓から、進んだ機能よりも「過去のソフトが動くこと」を優先し、V9990の採用を見送ったのです。これが、私たちの知る「MSXturboR」の正体でした。
2025年、FPGAが「当時の正解」を現実にする
西氏は今、当時を振り返り「Z80とR800、そしてV9958とV9990をすべて積み、安価に提供することこそが正解だったのではないか」と語ります。
その「果たせなかった夢」が、現代の技術で動き出しています。
- FPGAによる復活: HRA氏による「V9968」の開発など、巨大なFPGAが使用可能になった現代、かつて断念した「完全互換かつ高性能」な仕様が現実のものとなりました。
- MSX2#への期待: 幻のV9978の機能をどこまで再現できるか。それはもはや「turboR+」ではなく、次世代のスタンダード**「MSX2#」**と呼ぶべき進化を遂げようとしています。
終着点、そして新たな始まり「MSX3」へ
「16ビットの最後のMSXを、どうしてもやり遂げなければならない」
西氏の眼差しは、過去の補完だけに留まりません。かつての夢を現代の技術で完成させたその先に、全く新しい時代のための**「MSX3」**を見据えています。
35年の時を経て、ベントレーの名を冠した熱き情熱は、再び新しいコンピュータの形として結実しようとしています。
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MSXとは
MSX(エム・エス・エックス)は、1983年にアスキー(当時)の西和彦氏が提唱し、米マイクロソフトと共に策定した「パソコンの共通規格」です。
当時のパソコン市場は、メーカーごとにソフトの互換性が全くない「群雄割拠の時代」でしたが、MSXは「どのメーカーの本体でも同じソフトが動く」という、まるで家電(VHSビデオなど)のような画期的なコンセプトで登場しました。
1. 「統一規格」としての特徴
- 家電メーカーの参入: ソニー(HitBit)、松下電器(FSシリーズ)、ヤマハ、東芝、サンヨーなど、名だたる家電メーカーがこぞって参入しました。
- 低価格と手軽さ: 当時のパソコンが20万円以上する中、5万円前後から購入可能でした。テレビに繋いで、カセットやカートリッジ(ROM)を指すだけで遊べる手軽さが受けて、子供たちの「初めてのパソコン」として普及しました。
- マイクロソフトの関与: 内部の基本ソフト(MSX-BASIC)はマイクロソフトが開発しました。MSXという名前の由来には諸説ありますが、西氏は後に「Machines with Software eXchangeability(ソフト互換性を持つ機械)」と語っています。
2. 「ゲーム機」としての側面と伝説的タイトル
MSXはスペック上、グラフィックやスクロール機能が当時のPC-8801などより制限されていましたが、その制限が逆に「創意工夫による名作」を生む土壌となりました。
- コナミ(KONAMI)の黄金期: 『グラディウス』『魔城伝説』『ツインビー』など、MSXの性能を限界まで引き出した作品を連発し、MSXユーザーにとってコナミは「絶対的な神メーカー」でした。
- メタルギア(Metal Gear)の誕生: 現在の世界的大ヒットシリーズ『メタルギア』は、1987年にMSX2で誕生しました。当時のハードでは画面上に大量の弾を表示できなかったため、「敵から隠れて進む(ステルス)」という逆転の発想から生まれた逸話は非常に有名です。
- 日本ファルコムやエニックス: 『ドラゴンスレイヤーIV』や『ドラゴンクエスト』なども移植・展開され、ホビーパソコンとしての地位を確立しました。
3. 進化と衰退
MSXは時代に合わせて進化を続けました。
- MSX (1983年): 初代。安価だがグラフィックが16色のみ。
- MSX2 (1985年): 表現力が大幅向上。本格的なRPGやアドベンチャーが急増。
- MSX2+ (1988年) / MSX turboR (1990年): さらに高性能化しました。
4. 現代への影響
商業的な役目は1990年代前半に終えましたが、現在でも「1チップMSX」の発売や、提唱者である西和彦氏による「MSX3」構想など、熱狂的なファン(MSXユーザー)に支えられ続けている稀有なハードです。
一言で言えば: 「パソコンを家電のように普及させようとした壮大な実験」であり、日本のゲームクリエイターたちが制約の中で才能を開花させた「伝説のゆりかご」と言えます。


